思い当たりませんか?
●忘れっぽい
●集中力がなくなる
●感情がコントロールしにくい
●カッとしやすい
●忍耐力がない苛立つ
●気分が落ち着かない
●心が空白になる
●頭が混乱しやすい
●劣等感に悩まされる
●いつも緊張を感じる等
あなたもあなたのご家族も『砂糖病』に罹っているかもしれません。
▲砂糖をやめたら悪童が良い子に
▲毒砂糖の胎児に与える影響
▲砂糖は性にも有害!
▲甘い飲み物の恐るべき害毒
砂糖の害、日本での砂糖の歴史(1)
日本に初めて砂糖が伝えられたのは、
奈良時代の754年に唐層の鑑真によると言われています。
その量は僅かであり、上流階級の精々菓子類に用いられた程度だったでしょう。
その後、16世紀に、ポルトガルやスペインの宣教師が砂糖を日本にもたらしました。
日本で砂糖が注目され始めるのは、16世紀末から17世紀初めにかけての頃からです。
当時、世界有数の金銀の産出国であった日本は、東アジア海域で最大の輸出大国であり、
その豊富な銀を輸出し、中国から生糸・絹織物が輸入され、17世紀初めからは砂糖も
輸入されました。
日本は初め砂糖を高価な薬として買っており、その輸入に携わっていたのは
大阪の薬種問屋でした。
ポルトガル商人がマカオで買い入れた白砂糖が、
日本ではその10倍ないし20倍の値段で売れたと言われています。
江戸時代には、奄美大島や沖縄などでサトウキビが栽培され、
砂糖が製造され始めました。
明治維新の原動力となった薩摩藩。
足立己幸編『砂糖』の第6編によると、幕末に薩摩藩が徳川幕府に対抗する
力をもつことができたのも、奄美大島や沖縄の黒糖を独占して、
巨大な利益を上げていたことに一因があると言われています。
薩摩藩は、奄美大島の農民たちに、サトウキビ以外の作物を作ることを許さず、
そこで出来上がった製品を一手に強制的に安値で買い上げ、
大阪などで5倍もの高値で売り、巨万の富を作り上げました。
江戸時代の末期には、サトウキビの栽培も次第に各地で成功しましたが、
明治時代になってからは、外国からの輸入によって、国内の製糖業は衰退しました。
(参考) 砂糖は体も心も狂わせる 高尾 利数著
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